突出した創造性を持つ芸術家の神経活動について、研究者らは長年着目してきた。例えば音楽家の研究では、新しい音楽を作るときには、複雑な認知処理をする前頭葉の神経回路(dlPFC, ACC, …etc.)が重要だし、ジャズのように即興演奏が求められる場面では、複雑な運動処理をする脳部位(vPMC, dPMC)が活動することがわかっている。
単純な運動機能を司る脳部位も、創造的な音楽表現に重要かもしれない
だが、いかに技巧を凝らしたユニークな音楽演奏をする上でも、ピアノを弾くには必ず指先を動かす。すなわち指を曲げる・伸ばす、といった単純な運動が必ず必要になる。単純な運動が行われる以上、必然的にそれを担う(低次の)脳部位が重要になるはずであるが、これまでの創造性研究では複雑で高次な脳部位に着目される事が多かった。
そこで今回は、創造的な音楽を実際に表現する際、確かに単純な運動機能が重要であるという一つの証拠を紹介しよう。
一次運動野を興奮させる電気刺激を受けたジャズピアニストは、創造的な即興演奏ができるようになった
実験では、16人のプロのジャズピアニストが8人ずつに分けられた。ピアニストらは実験者に用意された楽譜をもとに即興演奏をするように求められ、演奏のオリジナリティは別途用意された3名のプロアーティストが、同じ基準を用いて評価した。
各グループのピアニストは、まずなんの刺激も受けずに、5種類の即興演奏をした。そのうえで、グループ1は一次運動野(M1)に興奮性のtDCSを受けながら、グループ2は一次運動野(M1)に抑制性のtDCSを受けながら、更に5種類の即興演奏をした。すなわち、
- グループ1:M1の活動が促進された状態
- グループ2:M1の活動が抑制された状態
と、M1の活動のみに差がある状態で、両グループが同じ即興演奏を行った。
これらの演奏への評価は、
- 即興演奏の技術の高さ :グループ1 = グループ2
- 即興演奏の創造性の高さ:グループ1 > グループ2
となった。つまりM1の活動が活発になっていたグループ1のほうが、広い音の範囲から多数の音を引き出し、創造性の高い演奏をしていたと評価をされていた。
したがって、単純な運動を司るはずのM1が、創造的な演奏に寄与している可能性が示された。
訓練されたプロ音楽家の脳にも、さらに賦活させる余地がある
これまで創造性のありかとして研究されてきた前頭葉などは、いわば「行動計画」を行う部位である。今回、M1という「行動出力」の活動が賦活させられたことで、計画を実行する脳神経系の情報の流れが流暢になった可能性がある。
興味深いのは、技巧的には両グループには差がなかった点だろう。いずれもプロの演奏家であり、演奏の潜在的な実現能力にはおそらく大差は無い。ただ単に、「どれだけたくさん、運動出力を実現できるか」という単純な差が、脳刺激によってもたらされたのかもしれない。
プロの演奏家は、日頃血の滲むような研鑽を積んで演奏技術を獲得している。そんな彼らの間であっても、単純な運動を支配する脳活動を高めてやると、隠れていた創造性が更に現れる可能性がある。人間の可能性には、まだまだ引き出せる余地があるのかもしれない。