薬の効果を検討するため、「薬ですよ」と伝えつつ、関係ない無害なカプセル(偽薬)を渡すことがある。当然何も起きないはずなのだが、しばしば偽薬を飲んだ人も症状が改善することがある。つまり、「治るかも」という偽薬に対する期待感が本当に症状を治してしまう。この現象を、プラセボ(偽薬)効果とよぶ。この現象は医療の現場にかぎらずよく知られているが、反面、どんな神経メカニズムで治癒効果が起きているのかは想像の範疇でしかなかった。今回はこのプラセボ効果の神経メカニズムを初めて明らかにしたほか、プラセボ効果は無意識でも起きうるとした動物実験を紹介しよう。

動物に「質問する」:条件づけを用いれば、ラットのプラセボ効果も計測できる

プラセボ効果の肝は、「効きますよ」と言われたから効果を期待してしまう、その期待が身体に作用する……と言う点にある。だが、ラットに「効きますよ」と伝えたところで、まず理解してもらえない。かといって人間で実験する場合、普通は脳へ電極を刺せないため、細かなメカニズムの検討は難しい。これを巧みに解決するのが、「条件づけ」だ。
条件づけの好例は、いわゆる「パブロフの犬」だ。ベルを鳴らしてから犬へ餌を与える、という順番を繰り返すと、犬は「ベル→餌」という結びつきを学習する。すると本来ベルと餌にはなんの関係もないはずが、次第にベルを聞くだけで涎を分泌するようになる。このように、自分が何もせずとも「報酬に無関係な刺激」×「報酬」の結びつきを学習することを「古典的(パブロフ型)条件づけ」とよぶ(自分の行動が含まれる学習はオペラント条件づけとよぶ)。
この条件づけは、動物の「心」を探る際によく用いられる。心といっても複雑なことではなく、「聞こえますか?」「見えていますか?」という程度の、yes/noで答えられる簡単な質問の代わりに、この条件づけが活用できる。犬の例では、「音がなったら餌がもらえる」という条件づけをする場合を考えるとよい。このとき犬は「音が出たら涎が出る」ようになる。すなわち、「音が聞こえましたか?」という質問の答えを、「涎が出ているか」という目に見える反応で置き換えられるようになる。これが、条件づけを用いた動物への「質問」である。

「注射」と「鎮痛」の条件づけから、プラセボで痛みが和らぐ神経メカニズムを計測

今回の研究では、ラットにわざと痛みを引き起こした後、注射で鎮痛剤を与え、痛みへの反応が減ったのを確認する…という手続きを繰り返した。ここでラットは、「注射」と「鎮痛」を結びついて学習した。その後5日目には、ラットは鎮痛剤ではなく生理食塩水を投与されたが、それまで同様、痛みへの反応が減った。すなわち、プラセボ効果で鎮痛作用が生じた。
この5日目の脳活動を最新の機器(動物用PET)で計測したところ、プラセボ効果が生じたマウスの前頭前皮質内側部(mPFC)の活動が活発であった。齧歯類のmPFCは人間の背外側前頭前野(dlPFC)と相同であり、人間で計測されていた過去の研究とも合致する結果だった。
さて、ここからが動物実験の利点だ。この研究ではさらに、mPFCを破壊したり、mPFCの一部の受容体を阻害する薬剤を投与したとき、プラセボ効果が起きなくなるか、弱まることを確認した。すると、mPFCのうち、特にオピオイド受容体が阻害されるとき、プラセボ効果による鎮痛作用が起きなくなった。従って、古典的条件づけによるプラセボ効果は、mPFCのオピオイド受容体を介した神経回路が担っていると判明した。

プラセボを自在に操れば、身体に「治させる」治療アプローチが生まれるかもしれない

今回はじめて、プラセボ効果の具体的な神経機序が明らかになった。まだ動物実験の段階だが、ここから徐々に人間の機能や、治療への応用が始まるだろう。例えば鎮痛剤を投与する代わりに、mPFCを賦活させて鎮痛作用を引き起こす……などがありうる(ただし、人為的なプラセボが引き起こせるかどうか、そしてそれがプラセボ効果と同じ作用になるのかは不明である)。
意図的なプラセボをもはや「偽薬」と呼べるかはさておいて、鎮痛剤を投与できない患者や状況に対して、脳神経に対するアプローチが行える可能性がある。もちろん体内の変化を伴う以上非常に慎重な応用が必要だ。とはいえ、痛みに耐える際に単に「気」の持ちようで頑張れ、と言われるよりは、機序のわかった現象で説明される方が受け入れやすい――気がする。

References

Zeng Y., Hu D., Yang W., Hayashinaka E., Wada Y., Watanabe Y., Zeng Q. Cui, Y.L., “A voxel-based analysis of neurobiological mechanisms in placebo analgesia in rats”, NeuroImage, 10.1016/j.neuroimage.2018.06.009